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ささぴー博士のNEWSレター「マスティカトリー」P 1~ P 4

2022年春 オーストリア咬合学の創始者、世界的な咬合学の権威、スラバチェック教授が亡くなりました。

スラバチェック教授の著書『ザ マスティカトリー オーガン』は世界のかみ合わせ研究のバイブルとして知られています。

今回、『ザ マスティカトリー オーガン』を再び最初のページから読み、歯科医以外の方にわかりやすい言葉で伝えたいと思っています。本著で使われている英語はかなりニュアンスが違いました。この気づきも僕の貴重な財産となっています。師の本意を私なりに解釈した解説をお伝えします。スラバチェック教授のご冥福をお祈りします。

ささぴー博士のNEWSレター

令和5年新年号

THE MASTICATORY ORGAN

Functions and Dysfunctions

2022年春 オーストリア咬合学の創始者、世界的な咬合学の権威、スラバチェック教授が亡くなりました。師は、身長2mの大柄な男でとても迫力がありました。今から20年前僕が、クレムスで勉強を始めた初日、ホイリゲの出来立てのワインを楽しむ懇親会で、僕は高校の時に習った『野ばら』をドイツ語で歌いました。次の日の朝一の講義中に師は言いました。「ヘイ!ヤングマン!昨日『野ばら』をうたってたな!俺は『野ばら』っていう歌が一番嫌いなんだ!」そういや、前日のセミナー後に「かみ合わせの違う人に歯ぎしりの治療ってできるの?」って、今考えればおバカな質問をしたよな。それに対する、マウンティングというか、なんというか、映画、『愛と青春の旅たち』に出てくる鬼教官。軍隊的なあれですね。昔の日本人的な親近感をダイレクトに感じ、否応なしに気合が入りました。日本人のメンバーからの「君何をしたの?」という視線がこれまた面白かった。クラスメイトのイタリア人、アメリカ人は、にやにやしていましたね。

 

スラバチェック教授の著書『ザ マスティカトリー オーガン』は世界のかみ合わせ研究のバイブルとして知られています。師は本来は医者。0歳~99歳までの体のことを知った医者が歯科を手掛けていました。『マスティカトリー』は日本では咀嚼という意味に訳されています。咀嚼のみにとどまらず様々な機能を持つ組織体を徹底的に解明した本書は、科学的で斬新で、感動的ですらあります。この教科書で、スラバチェック教授から直接講義を受ける幸運に恵まれ、その後の僕の歯科人生が大きく変わったのは皆さんご存じのとおりです。

今回、『ザ マスティカトリー オーガン』を再び最初のページから読み、歯科医以外の方にわかりやすい言葉で伝えたいと思っています。本著で使われている英語はかなりニュアンスが違いました。この気づきも僕の貴重な財産となっています。師の本意を私なりに解釈した解説をお伝えします。スラバチェック教授のご冥福をお祈りします。

Chapter1 Evolution (進化)

進化論は、スラバチェック教授の「ザ マスティカトリー オーガン」を理解する上でとても重要な論理である。参考文献として、『美しい生物学講義・更科 功・2019』を引用した。圧倒的にわかりやすく、素晴らしい文章であるからだ。いつか、このNEWSレターが出版される時が来たら、正式に許諾を申請させていただくつもりである。

 

生物の進化に「目的」があると考えるか、進化は単なる「結果」にすぎないと考えるか。

進化論というとチャールズ・ダーウィン(1809~1882)が有名だが、生物が進化するという考えはダーウィン以前からあった。古くは古代ギリシャまで遡れるが、ここではダーウィンが生きていた19世紀の状況を見てみよう。

ダーウィンの『種の起源』が出版されたのは1859年だが、それより15年前の1844年に、イギリスのジャーナリストであるロバート・チェンバーズ(1802~1871)が『創造の自然史の痕跡』を出版した。この本の中で進化論が論じられている。

その進化論は、生物だけでなく、宇宙や社会などすべてのものが進歩していくというものだった。そのような進化を、チェンバーズは「発達(development)」という言葉で表した。

また、イギリスの社会学者であるハーバート・スペンサー(1820~1903)も『種の起源』が出版される前から進化論を主張していた。

スペンサーもチェンバーズと同様に、生物だけでなく宇宙や社会などすべてのものが進化していくと考えていた。

ちなみに、現在「進化」のことを英語で「エボリューション(evolution)」というが、これはスペンサーが広めた言葉である。進化の意味で「エボリューション」を使ったのはスペンサーが初めてではないが、人気のあった彼が使ったことで、この語は広く普及したのである。

このようにダーウィンと同時代の進化論者たち(チェンバーズはダーウィンより7歳年上で、スペンサーは11歳年下)は、進化を進歩とみなしていた。こういう考えの根底には、「存在の偉大な連鎖」と共通する「生物の中でヒトが最上位」という考えがあったのだろう。

一方、ダーウィンは、進化を意味する言葉として「世代を超えて伝わる変化」(descent with modification)をよく使っていた。この言葉には進歩という意味はない。しかし、この言葉は広まらなかった。広まったのは「エボリューション」の方だ。

つまり、19世紀のイギリスで広く普及したのは、ダーウィンの進化論ではなくて、スペンサーの進化論だった。

そして残念ながら、その状況は21世紀の日本でも変わらないようだ。名前としてはスペンサーよりもダーウィンの方が有名だけれど、進化論の中身としてはスペンサーの進化論が広まっているのである。

でも、スペンサーの進化論は、本当に間違いなのだろうか。進化には進歩という側面だってあるのではないだろうか。

生物が進化すると考えた人はダーウィン以前にもたくさんいた。でも、チェンバーズもスペンサーも、みんな進化は進歩だと思っていた。進化が進歩ではないことを、きちんと示したのは、ダーウィンが初めてなのだ。それではダーウィンは、なぜ進化は進歩でないと気づいたのだろう。

進化は進歩ではないとダーウィンが気づいた理由は、生物が自然選択によって進化することを発見したからだ。ここで間違えやすいことは、自然選択を発見したのはダーウィンではないということだ。ダーウィンが発見したのは「自然選択」ではなくて「自然選択によって生物が進化すること」だ。

自然選択とは遺伝的な変異の結果、自然に子供の数に差が生じるということを意味する。

この場合の子供の数というのは、単純に親が生きていた年齢まで子供が生きている数を数えればいい。例えば、25歳に達した時、親に比べ子供世代の数が減っていれば、その種は衰退していくということになる。

実は、自然選択はおもに2種類に分けられる。安定化選択と方向性選択だ。

安定化選択とは、平均的な変異を持つ個体が、子どもを一番多く残す場合だ。たとえば、背が高過ぎたり、反対に背が低過ぎたりすると、病気になりやすく子どもを多く残せない場合などだ。

この場合は、中ぐらいの背の個体が、子どもを一番多く残すことになる。つまり安定化選択は、生物を変化させないように働くのである。

一方、方向性選択は、極端な変異を持つ個体が、子どもを多く残す場合だ。たとえば、背が高い個体は、ライオンを早く見つけられるので逃げのびる確率が高く、子どもを多く残せる場合などだ。この場合は、背の高い個体が増えていくことになる。

このように方向性選択は、生物を変化させるように働くのである。

ダーウィンが『種の起源』を出版する前から、安定化選択が存在することは広く知られていた。つまり当時は、自然選択は生物を進化させない力だと考えられていたのである。

ところが、ダーウィンはそれに加えて、自然選択には生物を進化させる力もあると考えた。ダーウィンは、方向性選択を発見したのである。

方向性選択が働けば、生物は自動的に、ただ環境に適応するように進化する。たとえば気候が暑くなったり寒くなったりを繰り返すとしよう。その場合、生物は、暑さへの適応と寒さへの適応を、何度でも繰り返すことだろう。生物の進化に目的地はない。

目の前の環境に、自動的に適応するだけなのだ。こういう進化なら明らかに進歩とは無関係なので、進化は進歩でないとダーウィンは気づいたのだろう。

地球には素晴らしい生物があふれている。

小さな細菌から高さ100メートルを超す巨木、豊かな生態系をはぐくむ土壌を作る微生物、大海原を泳ぐクジラ、空を飛ぶ鳥、そして素晴らしい知能を持つ私たち。こんな多様な生物を方向性選択は作り上げることができるのだ。

もしも進化が進歩だったり、世界が「存在の偉大な連鎖」だったりしたら、つまり一直線の流れしかなかったら、これほどみごとな生物多様性は実現していなかっただろう。

私たちが目にしている地球上の生物多様性は、「存在の偉大な連鎖」を超えたものなのだ。

 

生物の進化に「目的」があると考えるか、進化は単なる「結果」にすぎないと考えるか。

その答えは、突然変異した種が環境に適応して、偶然生き残ったからである。現在では、その突然変異が遺伝子のミスコピーによって起こることがわかっている。「ミス」ですから、そこに目的などない。いつ起こるかわからない偶然によって、親とは少し違う形質の子が生まれるのだ。キリンの首が伸びたのは、木の上の葉を食べたいと思ったからではない。突然変異で首の長いキリンが生まれたからである。そして、運がよく木の上の葉を食べることができたから、子供の数が減らなかったのである。目的がないから、進化は進歩ではない。また、進化にはゴールも存在しない。

 

スラバチェック教授は、オーストリアの貴族出身で敬虔なキリスト教信者。「存在の偉大な連鎖」の頂点としてヒトをとらえた時、進化は目的を持ち、そのゴールはヒトであると考えたかったに違いない。

また、医学博士として、脳の発達とそれに関連する歯、顎、筋肉、骨格の複雑な機能の進化を研究し、その高度な連携を確信するにいたった。進化は目的をもち、進化は進歩であると考えて当然である。

スラバチェック教授は、進化論とは別のアプローチとして『サイバネティクス』を用いた。

『ザ マスティカトリー オーガン』の序文で、人間の進化は言葉で文章をつくるところから始まった。新しい人類の歯、顎、筋肉、骨格の機能は有機体にとって非常に重要な高度に洗練された、『サイバネテックシステム』であると述べている。

『サイバネティクス』とは、ノバ―ト・ウィナーが戦後の1948年に著書『サイバネティクス』で提唱した理論。通信機器を人間が使いこなすことから始まり、人間と機械機能のコミュニケーションの確立と融合を提唱する学問である。

パソコンの普及、メールなど現代社会の進化に役立ち続けていることは言うまでもない。

同様の進化が、はるか古代の新しい人類の脳の進化にも当てはまる。

つまり、会話ができる「発語器官」は「通信機器」であるという考え方だ。

従来我々が単に物を噛む器官、いわゆる咀嚼器官(そしゃくきかん)と呼んでいる口が、どのように進化にしてきたのかということを考えることは、その複雑な機能とそれに関連する脳の発達を理解するために絶対に不可欠だとスラバチェック教授は述べている。

会話こそ脳であり。脳は会話である。

蓄積された知識の「データ転送」の手段でとしての言語の発達は、人類発生における非常に急速な進化プロセスの背後にある中心的な推進力であった。確かに言語の表現の可能性は、社会的行動と社会構造の確立に大きく貢献した。

 

 

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